吉本新喜劇の島木譲二さんが、2016年12月16日の午前9時にお亡くなりになりました。

島木譲二さんといえば、吉本新喜劇の看板芸人として一線を走り続けていた芸人さんで、関東の人たちにも知られていた有名芸人さんですよね。

そんな島木譲二さんは病気だったそうですが、いつから病気だったのでしょうか?また島木譲二さんが患った病名は何だったのでしょうか?

それでは島木譲二さんについて見ていきましょう。

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【吉本新喜劇】島木譲二

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島木譲二さんは、吉本新喜劇に入団する前はプロボクサーとして活躍していました。プロボクサー時代には、西日本ミドル級の新人王を獲得したこともあるほど強いボクサーだったんですね。

そして、島木譲二さんは2007年に閉鎖されてしまいましたが、MBS千里丘放送センターの警備員をしていたんですね。

その時に知り合った吉本の芸人間寛平さんの紹介で、島木譲二さんは1980年に吉本新喜劇に入団したそうです。

そして入団した1980年に島木譲二さんは初舞台を踏んで、コワモテの風貌からのギャップのあるかわいいギャグが人気を呼びました。

島木譲二さんは持ちネタが多いのですが、それよりもお客さんの拍手が来るまでギャグを続けたり、煽ったりして無理やり笑わせる芸風が面白かったです^^

【吉本新喜劇】島木譲二はいつから病気で病名は?

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島木譲二さんは病名は公表していなかったのですが、亡くなったことで公表されました。病名は脳溢血

脳溢血とは、脳出血の事で脳内、および脳周辺の出血の事で、脳溢血は広義の意味を持つんです。脳内出血、クモ膜下出血、出血性脳梗塞、慢性硬膜下血腫などがあります。

島木譲二さんは、2011年に体調不良を訴え、早く回復するため自宅療養するために芸能活動を休止していたようです。

2011年にボクシングのタイトルマッチを観戦しにきていたようで、その時は腎臓の数値が上がっているとコメントしていました。

この時点でかなり病気は重かったのかもしれません。

【吉本新喜劇】島木譲二のギャグは大阪名物!

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島木譲二さんのギャグといえば、体を使ったギャグで有名ですね^^

島木譲二さんのギャグの数は多いのですが、特に大阪名物パチパチパンチポコポコヘッドは関西だけでなく、関東でも有名で吉本新喜劇といえばコレ!って感じでしたね^^

最年少座長として有名で、現在は全国区となった小籔千豊さんは島木譲二さんの事を「これから出てくることのないタイプの芸人」と言っていたのが印象的です。

島木譲二さんのご冥福をお祈りします。